平成21年度活動報告

水無月研修会(6月8日)

6月8日、去年は開催できず、今年は開催をしようとの声が多数あった普通救命救急講習会を木曽広域消防署本部で開催しました。

内容は、人工呼吸、AEDの使用方法について。一昨年、参加した会員も多く、記憶を辿りながら、一つ一つ真剣な眼差しで積極的に取り組んでいる姿が見受けられました。一度体得しても、少しずつ忘れることがあり、又、常に新しい救命方法や機器が生み出されるので、この講習は定期的に受講することが必要であると感じました。
又、更に上級の講習もあるということで、今後は積極的に取り組んで行きたいと思いました。

サマーキャンプ(8月6日・7日)

8月6日、7日、教化委員会年間最大行事であるサマーキャンプを木曽は御嶽神社里宮の向かい「太陽の丘公園」で開催しました。雄大な御嶽山を望む、自然溢れる素晴らしい場所で子供達とふれあいました。
紙飛行機作りや川遊び、バーベキューに花火などを楽しみました。生憎の雨に見舞われ予定していたウォークラリーは中止となりましたが、子供達はどんな状況でも遊びを自分達で見つけながら楽しんでいる様子でした。
本行事は、元々神職子弟を中心として、小学生を対象に行なってきたもので、神社の散策やキャンプの共同生活の中で、神社参拝や様々な作法、思いやりや協力し合う心を学びつつ、神社や神職に興味を持ってもらうことを目的としてきました。
今後も多くの子供達がこの機会に集い何かを感じるきっかけとなれば良いと思いました。

長野県神職球技大会(7月8日)

7月8日、今年で第38回となる県下親睦野球大会が東信地区にて開催されました。東御市中央公園グランドで行われる予定でしたが、当日は大雨で、東御市中央公園第2体育館でソフトバレーボールが行われました。
8チーム約100名の神社関係の皆様にご参加いただき、熱戦が繰り広げられました。ここ何年間は晴天に恵まれ、野球を実施してまいりましたが、多くの参加者から「ソフトバレーボールも面白い」「やってみると楽しいスポーツ」とご好評をいただきました。はじめてソフトバレーボールを触る方もおられたようですが、大きな怪我もなく試合ができました。試合内容は、野球では常に強いチームが苦戦し、勝敗の行方が全く想像つかず、大変盛り上がる親睦球技大会になったと思います。
次回は南信開催、飯田市が会場となる予定です。

上伊那支部研修会への参加(6月〜7月)

本年度、教化委員会の活動として上伊那支部の研修会に参加させて頂くこととなりました。
上伊那支部では5月から7月にかけての比較的祭礼の少ない時期、毎週水曜日に支部事務所である上伊那招魂社社務所に神職が集い研修会を開催している。各回とも支部内外の神職が講師を務め、新しい知識を身につける他、日頃の疑問について意見交換を行なっている。
当会としては、6月から7月にかけ計4回参加する機会を頂きました。日本人の霊魂感と死生観の回では日頃ご奉仕している神葬祭について、それまで気にしなかったようなことや、今後奉仕するにあたり意識すべき点などに気付かせて頂きました。
また暦の回では、歴史から始まり暦の見方、読み解き方をお話し頂きました。その奥の深さに驚かされたとともに、普段何気なく使っている暦の言葉に隠された意味を知ることもできました。
各回ともとても興味深く2時間という講習時間が短く感じられました。研修後もお茶を飲みながら色々な話しをすることができ、参加者それぞれに神職としての視野を広げることができたように思います。

靖国神社みたままつり

本行事に会員知人で一般参加された方の投稿がありますので紹介させていただきます。

「靖国神社を知って」
N川村 商工会青年部 Tさん

私が靖国神社の事を学んだのは一年ほど前の事で、仲間と共に沖縄旅行に行く事になり、沖縄の歴史につい少し勉強をしようというのがきっかけでした。
青い海に強い太陽の日 というイメージしかなかった私の耳に飛び込んできた言葉は‐近現代史‐と言う言葉でした。私にとっては始めて耳にする言葉、つづいて靖国神社ってどんな神社か説明できますか?と言う質問にもまったく答えられませんでした。小泉前総理が参拝をした際に「なぜ神社に参拝をするのがいけないんだ?」程度のレベル、どのような方々が祀られているのかこの時まで興味もありませんでした。
沖縄についた私は、「戦争」という悲惨な現実、また沖縄県民が体験した過去の辛い想いを目の当たりにしました。この沖縄旅行で、なぜ戦争が起きたのか、戦場で戦った方々の想いはどうだったのか?もっと知りたくなり数ヵ月後に靖国神社へ向かうこととなりました。
好意にして頂いている宮司さんに連添い靖国神社へ参拝をした後、遊就館を見学、戦争で使われた多くの道具、遺品が並べられ、戦争の歴史、戦場へ向かう兵士の想いが展示されており、驚きと共に私が強く心を奪われたのが、人間魚雷「雷電」に乗った青年の言葉でした。目の前には 死 と言う言葉しかないのに明るく、ただ自分が守るべき人たちの為に戦う。自分が彼の立場だったら同じような事を考えられたであろうか?死という恐怖と戦い家族を一心に想い戦場に立てただろうか?どのように考えても今の現実で生活している私には想像はできても、行動には移せません。むしろその想像も現実とはかけ離れた想像しかできないと思いました。
家族を守るために戦い、平和な日本を造る為に戦った青年達の御霊が祭られている靖国神社、私が考えるには、先人達の想いを知り、今の日本を造り上げてくれた先人の御霊に参拝するのは、その地に生きている人として当たり前の事だと感じました。
私が勉強をしたのはほんの一部でしかありませんが、自分の感じた事と、真の歴史を子供たちにも教えられるようにこれからも学び、後世に伝えていく大切さを知りました。
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長野県護国神社納涼盆踊り(8月11日)

今年も、恒例の納涼盆踊りを8月11日に護国神社境内にて行いました。準備会員の参加者が少なかったものの、天候にも恵まれ、各自担当を振り分け、松本駅・神社周辺でのチラシ配り、音響設置、櫓組み立てなど、予定通り準備することができました。
今年は、投光機を増設して会場をより明るくし、参加者に風船を配り、より大勢の参加を図り盛り上げていこうと新しい心意気で望みました。
夕刻、鳥居の外から本殿まで続く献灯に明かりを灯し、音楽を境内に鳴り響かせ、徐々に浴衣に身を包んだ家族連れやカップルなど、老若男女が集まりだし、総勢200名程になりました。今年も松本民謡連盟の踊りの先生方が大勢参加して下さり、先頭となって踊りを引っ張って頂き、一般の参加者も輪に入り楽しんでもらえました。
盆踊りも佳境に入ると、松深会(しょうじんかい)による子供御輿が奉納され、威勢のいい掛け声とともに一生懸命に御輿を担ぎ、その後、迫力ある大人御輿で盛り上がりはピークとなりました。また、風船を身につけて踊ると華やかさがより一層増し、見ている人達までもが楽しく感じました。

東海地区教化研修会(9月3〜4日)

平成21年9月3日〜4日、本年度は長野県神道青年会が当番県として、長野県神社庁及び戸隠周辺にて平成21年度東海地区協議会総会及び教化研修会が開催されました。
9月3日午後1時より定例協議会、午後1時より総会が開催され、60名余りが集まりました。
終了後、研修会場である戸隠中社周辺の各宿坊へ移動し、御祈祷を受け、夕食後に会員間の親睦を深める為に座談会を行いました。『祈りの村から今を見つめる』と題し、単位会会長を座長として宿坊毎様々な話題について意見を出し合いました。
現在の斯界における話題、また、未来の青年会について等活発な意見が出され、夜が更けるまで話題は尽きませんでした。
第2日目は、朝6時半より戸隠神社中社にて神楽及び天井絵拝観、朝食後、久山館にて開講式及び研修会を行ないました。
二沢旅館ご主人であり戸隠神社責任役員の二沢久昭先生を講師に迎え、『戸隠信仰を伝えた人々』という題のもとに、戸隠信仰の特徴、九頭竜権現、修験道について等講話をいただき、この後の戸隠神社奥社登拝を控えた参加者にとっては、聖地に参拝するという意識が高まりました。
奥社参道入り口から日常を忘れるような清々しい空気の中列を組んで歩き奥社へと向かいました。本殿で正式参拝の後、帰路では親睦行事として各県対抗のウォークラリーを行いました。
『他県とは違う長野県』、そのような期待が込められる研修会でありましたが、戸隠詣を体験してもらうことにより、少しでも先人たちの思いを感じ、各人の神職としての立場を見つめ直す機会となったように思います。

松本少年刑務所大祓式(12月11日)

12月11日、松本少年刑務所において、宮澤会長以下総勢九名で大祓式及び健康更生祈願祭を行ないました。まず教誨師をお勤めの、手長神社宮坂宮司様より大祓・正月についてのお話があり、続いて式を行いました。
この松本少年刑務所内の人々が、会長の祝詞にあるように、一刻も早く社会復帰し、未来が開かれることを心から願い、体育館の脇の「継続は力なり」との石碑の如く、日々の生活を積み重ねていって欲しいと思いました。

北マリアナ戦歿者慰霊顕彰事業(H22年2月21〜24日)

本行事に会員知人で一般参加された方の投稿がありますので紹介させていただきます。

 「慰霊行事に参加して」
Yさん


戦歿者慰霊祭があると聞き、私は是非参加したいと思いました。なぜなら私の祖父は、南洋の島で戦死しているからです。写真でしか見たことのない祖父が、日本から遠く離れた南の島で、どのような景色を見て何を感じ無念にも亡くなっていったのかを、私自身実際に南洋の島サイパン・テニアンに行って肌で感じてみたかったので、この機会に参加しました。
慰霊祭を行うテニアン島についたとき、日本とはまるで違う景色でした。青い海、青い空、なんて綺麗な島なのでしょうか。こんなに綺麗な島で悲惨な戦争があって、多くの軍人兵士や民間人が亡くなったなんて信じられませんでした。
テニアン神社での奉告祭、そしてスーサイドクリフでの慰霊祭。慰霊祭では、戦争中に人々が水に大変苦労されたということで、日本から各自が持参した水を奉納しました。また参列者の代表の方が、石碑に刻まれた言葉を朗読し、聞いているときはとても胸に込み上げるものがありました。私は空を見上げて祖父に語りかけました…「私がこうして平和に暮らしていられるのは、おじいちゃんや戦争で亡くなった方々のお陰です」と。なんだか空の上から祖父が見守ってくれているような気がしました。そして、祖父が見た同じ景色を見ることが出来、また慰霊祭に参列することが出来、本当に良い経験が出来たと思います。
今回、私は3回目の参加でしたが、一般の方の参加が一番多い年だったと思います。参加された方が慰霊祭で感じたことをいろいろな場所で語り、今後益々参加者が増えていくことを願います。
最後に、北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業を計画し運営してくれた神道青年会の皆様には、大変お世話になりありがとうございました。また来年もよろしくお願い致します。